「香りが心をつなぐ ― グリーフケアの現場から」

「香りが心をつなぐ ― グリーフケアの現場から」

香りが心をつなぐ ― グリーフケアの現場から

東京・代官山。

週に一度、Tokyo Baptist Churchの一室で行われるグリーフケアのプログラム「GriefShare」。

失った人、失った時間、失った自分の一部――それぞれが胸の奥に痛みを抱えて集まる。

その場に、やさしく漂う香りがある。

「うわぁ……森の香り。」

プログラムが行われている部屋に到着した参加者のひとりが、深く息を吐きながらそうつぶやいた。

部屋に満ちていたのは、HIKOBAYUのトドマツ精油。

まるで悲しみの涙とともに固くなった体の奥に、静かに呼吸が戻っていく瞬間のようだった。



クリニカル(臨床)アロマセラピーというケアの形

クリニカルアロマセラピスト・高田房子さんは、英国の国際資格IFPAを持ち、

千葉県内のがんケア施設の緩和ケア病棟でアロマケアを続けている。

医療現場で香りを扱うには、

安全性、そして何より「患者さんを中心にする姿勢」が求められる。

高田さんは言う。

「緩和ケアの現場では、香りは“人の尊厳”を支える手段でもあると感じています。」

世界ではすでに、アロマセラピーが臨床の現場で活用されている。

フランス・リヨンのGattefossé財団は、

アロマの科学的・臨床的活用において卓越した成果を上げた組織や個人に向けて「ルネ・モーリス・ガットフォセ国際賞」を毎年授与している。南アフリカ、イギリス、ブラジルに続いて今年は日本から受賞者が出た賞である。

英国NHS(国民保健サービス)でも、がんケアや緩和ケアも含めた様々な領域でアロマチームが活躍している。

そして日本でも、まだ小さな灯ながら、その実践者たちが確かにいる。

高田さんの所属する千葉県内のがんケア施設にあるアロマケアチームもそのひとつだ。


ジョナサンとの出会い ― 香りは光の方へ導く

高田さんが臨床の世界へ踏み出すきっかけは、

オランダ・ライデン大学精神科小児心理センターの心理士であり臨床アロマセラピストであったジョナサン・ベナヴィデス との出会いだった。

彼は小児心理を中心とするコミュニケーションを専門とし、やがて緩和ケアに携わるようになった。

(「光の方へ―言葉を失った人の心が動き出すための香り」――)

ジョナサンはその過程の中で一つのことに気がついたそうだ。 それはいわゆるASDやADHDを抱える子供と緩和ケアの患者は共通して「isolation(孤立)」しやすいということである。

香りは使い方によってはその孤立の状態にある人、いわば暗闇の中にある人に、再び光の方へ歩き出すことをそっと促すことができる。 その人の中で時が止まっていたかのようだった人生が、香りに促されて再びflow(流れ)を取り戻すことができるということ。

ジョナサンが形成してきた、いわゆる感情にアプローチする手法であるエモーショナルアロマセラピーが、のちの高田さんの礎となる。

IFPA認定を取得した秋、ジョナサンから一通のメールが届いた。

「新しく緩和ケアにおけるアロマの一年コースを始めるので参加しないか。」

そのオンラインクラス「Aromatic Sentinel」には、世界中から医療従事者を含めるアロマセラピストや研究者が集められていた。

目の前の命と向き合う緩和ケアにおけるエモーショナルアロマセラピーについての学びの中で、高田さんは、香りの力を新たに発見していった。 Aromatic Sentinelレクチャーの中や蒸留所の訪問の際に、Jonathanがよく繰り返していたのが、この言葉だった。

心や体が弱っている人に“アグレッシブな香り”は相手を圧倒してしまう。

香りは優しく招くものであることが大切なんだ。」

その時間から、高田さんが行き着いた答えが、HIKOBAYUのトドマツの香りだった。





グリーフという“神聖な時間”

「グリーフとは、失うことに対する心身の反応。

でもそれは悲しみやショックだけでなく、“神聖(Sacred)な時間”でもあります。」

高田さんはそう語る。相手への愛の深さがそのままグリーフの深さになるからだ。

グリーフ(喪失の悲しみ)のプロセスを、何か単に感情的に難しい期間と見るのではなく、

“生命が再び整っていく過程”として受け止める。

それは、HIKOBAYUが森に向き合う姿勢にも重なる。

森は脈々と循環を喪失と再生の循環を、森も人もくり返して生きている。


森の香りが呼吸を取り戻す

Tokyo Baptist Churchでのグリーフセッションにおいて、

高田さんがトドマツ精油を初めて用いた日のことをこう語る。

「部屋に入った瞬間、参加者の方が“うわぁ……森の香り”と息を吸って。

それまで緊張していた空気が、ふっとやわらいだのを覚えています。」

森に還るように、呼吸が戻る。

香りが促すのは、無理に立ち直ることではなく、

ありのままに、ただそこにいていいという感覚である。


「香りは祈り」

2025年5月に高田さんのメンターであり親しい友人でもあったジョナサン・ベナヴィデスがこの世界から静かに旅立った。

緩和ケアにおけるエモーショナルアロマセラピーの第一人者であったジョナサン。

彼が現場でずっと大切にしてきたことは、静かに高田さんの中で生き続けている。

ジョナサンが緩和ケアの現場におけるアロマに従事する中で、一番愛していたことで、自分の生徒たちにもいつも話してきたこと。

それは「Being there」

必要としている人たちのために、”ともに在る”ということ。

もはや仕事を超えてプライベートでも痛みを抱える人や、暗闇の中にある人を決して置き去りにせず、そこに香りを通して光を灯し続けていたジョナサン。

その姿を目の当たりにしてきた高田さんもまた、今こうして喪失の悲しみの中にある人たちと時間を過ごしている。そこに香りを携えながら。 毎週Griefshareに参加する人たちを思いながら、準備される香り。 その想いが込められた香りは、ある意味”祈り”のようである。

ジョナサンから、高田さんを始めとしたAromatic Sentinel達がその想いを受け継いだ。

その延長線上で、

いまHIKOBAYUのトドマツ精油が、グリーフの現場で”祈り”と共にそっと捧げられている。

森が人を癒すように、香りが人を包みこむ。

そこには、言葉を超えて響き合う“静けさの絆”があった。

ジョナサン・ベナヴィデス氏




森と香りの共鳴 ― トドマツが癒すということ

2025年8月。

夏の終わりに、臨床アロマセラピストの高田房子さんが、

北海道ニセコにあるHIKOBAYUの森を訪れた。

澤田の案内で、ゆっくりとトドマツの林を歩く。

陽の光が葉を透かし、足もとに柔らかい苔が広がる。

風が通るたびに、樹々が微かに香りを放った。

「原生林の厳しさとは違いますね。

ここには、人の手が入っている安心感があります。」

高田さんは、森の空気を吸い込みながらそうつぶやいた。

そこには、ただの自然ではなく、“人の手で守られた自然”があった。

人が関わることによって、森の生命をやさしくつなぐ。

それは、臨床の現場で人の命に寄り添うことと、同じ構造をしている。



手をかけることは、壊すことではない

HIKOBAYUの森づくりは、

「手を入れることは、壊すことではない」という信念に立っている。

バランスを考えて木を選び、光を通し、森の循環を整える。

その過程はまるで、

グリーフケアにおいて心の奥に溜まった悲しみや緊張を、少しずつ解いていく過程のようだ。

高田さんは言う。

「ケアも森も、“寄り添い”で再生していく。」

森が息を吹き返すとき、そこに生まれる香りはやさしい。

その香りを、手のひらで受け止め、

蒸留し、ひと瓶のオイルにする。

トドマツの香りの中には、森を守る人々の呼吸と祈りが染み込んでいる。


トドマツの香りが運ぶ「安心」という光

澤田は言う。

「喪失の悲しみ」に直面していると、背中が冷えるような感覚があります。

闇がすぐ後ろにあるようで、気を抜くとそこに落ちてしまいそうになるような。

けれど、トドマツの香りには、そんな闇の中で“今ここ”に戻してくれるような安心感があると思うんです。」

高田さんもうなずく。

澤田さんの森には、人の手のぬくもりがある。

だから香りも“守られているような優しさ”を感じるんです。」

森のケアも、人のケアも、本質は同じ。

どちらも“生きていること”を整える行為だ。

トドマツの香りは、その接点に立ち、

現代の人々に「安心して呼吸する時間」を思い出させてくれる。


自己主張ではなく、自己受容のための香り

HIKOBAYUの香りは、

誰かに何かを“示すため”の香りではない。

むしろ、自分自身を取り戻すための香りだと考える。

社会のスピードに押され、

自分の気持ちや体の声を置き去りにして生きる人が増えている。

そんな時代に必要なのは、心を強くする香りではなく、

「心をやわらかくする香り」だとHIKOBAYUは考える。

トドマツの深くやさしい香りは、

自分を責めず、比較せず、

ただ「いま生きている」という事実をそっと肯定してくれる。

それはまるで、森が静かに包み込むように、

人に“そのままでいていい”と語りかけるようだ。


森に還るということ

香りの源である森は、

常に死と再生のあいだで呼吸している。

枯れた枝が土に還り、新しい芽が育つ。

その循環の中に「癒し」がある。

HIKOBAYUのテーマ「森に還る」は、

単に自然の中に戻るという意味ではない。

心の奥にある“静けさ”に還ること。

もう一度、自分の中心とつながること。

香りは、その道を照らす小さな光だ。


結びに

いま、世界は「速く」進むことばかりを求めている。

けれど、心がついていけないとき、

人はほんの少し立ち止まることで、生き返る。

トドマツの香りは、その“立ち止まる勇気”をくれる。

それはグリーフケアの現場でも、

森の中でも、同じように静かに働いている。

香りは祈り——

目には見えないけれど、人の心を動かす力がある。

いまを生きる人々の心に、

“安心という光”をそっと灯していく。

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